はっと起きたら、19時過ぎ。ちょっと喉が痛い。舌の先もヒリヒリする。軽い風邪の前兆もあるので金曜のTAPはお休みいたしました。
ジブリの「耳すま」も途中からですが観ました。天沢、ホントに図書館で借りた本を読んだんだろうな?名前を記入したかったんだけとチガウか?(笑)
天沢の祖父・西司郎を観ていると、森鴎外の「舞姫」を思い出します。たぶん、関係はないでしょうが。
※以下、ちと長いのでご注意。内容も偏り気味です(笑)。
それよりも気になることが・・・・・・・。
あれです、来年の「ドラえもん」の映画です。ちなみに私は「ドラえもん」が大好きです。藤子不二夫(AもFも)作品が大好きです。
ファンの方には申し訳ないのですが、単刀直入に言ってしまいますと、私は今の新作の「ドラえもん」が好きではありません。映画もリメイクされるたびに原作が蹂躙されてしまう思いです。とりわけ「海底鬼岩城」「魔界大冒険」に並び称される、ドラ映画史上でも屈指の名作「ドラえもん のび太と鉄人兵団」がリメイクされると聞いては、もう・・・・・・・。
過去にしがみついていると言われればそれまでですが、私にはドタバタ化、ギャグ化、棒読みタレント枠、わざとらしい「友情パワー」、モロ見えのスポンサーの意向etcが許容できません・・・・・・・・などと大上段で言ってしまうと、私が年をとってアタマが固くなった言い訳みたいになってしまいますけどね。
ただ、この「鉄人兵団」に関しては、小中学生時代は好きではありませんでした。子供ながらに作品のアクの強さを感じ、辟易し、面白みを感じていませんでした。リルルも異様でしたしね(笑)。10数年かけて、この作品の面白さが分かってきたと思います。年齢の変化によってその感じ方が変わってきた作品なのです。
作品としては藤子・F・不二夫の持つ独特の「暗さ」が少しだけ見え隠れしていることも特徴でしょう。
そのひとつとして、リルルという少女型ロボットが出てくるのですが、敵の斥候兵(スパイ)なのです。自国と他国、機械と人間、任務と友情etc・・・・そういった二律背反、二項対立、そしてスパイ&アンドロイド(人間の形をしている機械)という「境界性」(どっちつかずの狭間の存在)を与えることで、人間ドラマとして縦軸の深みを与え、人類側である静香ちゃんとの交流が横軸を広げていますね。とうぜんリルルもさまざまな状況の中で苦しんでいるわけですが、静香ちゃんも「アンタなんか壊れてしまえばいいんだわッ!」や「時々理屈に合わない事をするのが人間なのよ」という台詞に、静香ちゃんなりの葛藤を経た自分自身への回答があるように思います。はたしてあのラストシーンを今の声優で演じることができるのか・・・。
また、もうひとつの特徴として挙げられるのは映画史上最強の敵であることとともに、現実の「戦争」的な描写がなされていることです。ボスらしきロボット隊長が出てきますが、特に深い描写はありません。あくまでも隊長は無個性な侵略の尖兵に過ぎないということです。本当の敵は「メカトピア国」(別の惑星)です。ただし、こちらも明確な描写はありません。歴史やその侵略目的がリルルの口から語られますが、それは一兵として任務の背景を語っているだけに過ぎません。「国」や「文化」という、特定の誰かでない敵が、一方的、確実に、圧倒的な物量(武力)をもって侵略してくるのです。「個性」であり「特異な能力」でもある秘密道具も味方の巨大ロボットも無個性の物量の前には沈黙させられてしまいます。現実の戦力の決定的差にはならないのです。
原作者をして「解決にはタイムマシンを使うという安易なアイデアしか思いつかなかった」と。つまり「過去を作り変えることで物事を解決する」ということです。
http://www.woopie.jp/video/watch/67538256d936ed03
(半ばから作者の言葉が出てきます)
まさに「デウスエクスマキナ」(Deus ex machina)。
※演出技法のひとつで、ラテン語で「機械仕掛けの神」または「機械仕掛けで出てくる神」。古代ギリシア演劇において内容が解決困難に陥った場合、いきなり絶対的な力を持つ存在を出すことで混乱した状況に解決をもたらし収束させる技法。古代から批判があり、アリストテレスも著書の中で批判している。
ご都合主義ともいえるイージーな解決方法でしたが、最後のシーンの演出は間違いなくドラ映画史上最高だと思います。静香とリルルが過去に戻ってからの、リルル消滅→天使(を思わせる描写)になった展開は舌を巻き、息を呑むほかありません。
「リルル!!」
「静香さん、うまくいったみたいね。良かった……。
今度生まれ変わったら……天使のようなロボットに──」
「リルル、あなたは今、天使になってるわ」
「うれしい……涙なんか流すロボットなんて、変よね?」
「二人は、ずっと友達よ」
「おともだち……」
「リルルー!!」
役目を終え、握手を交わした瞬間に余韻を許さず一瞬で消えるリルル。静香ちゃんの号泣と兵団消滅による開放の喜びにひたるドラたちの対比がいっそう悲劇性を高めます。それだけでは悲劇性が勝ちすぎるところに、「リルルは天使になったんだ」と希望を漂わせるエピローグ。「鉄人兵団」は、このラストにあるといってもいいんじゃないでしょうか。これをあれこれ改編してしまっては、何の為のリメイクだか理解できません。原作者ですら、そのラストには苦慮したのですから。
苦慮といえば、昨今のドラえもんにはのび太たちの苦慮や苦心、苦労は見えなくなりました。苦難に陥るとたいていは「どうするどうする?!」とオロオロします。その中で解決策を導き出し、乗り越え、何かを手にしていく過程がありません。
秘密道具はあくまでも道具に過ぎず、使い手に委ねられます。解決に導くのはドラえもんの諦めない心であり、ジャイアンの義侠心、思いやりであり、のび太の勇気であるわけです。ドラえもんと未来の秘密道具は決して「デウス・エクス・マキナ」ではないのです。
おおまかなストーリーはこちらを参考に。
http://abysssky.blog28.fc2.com/blog-entry-8.html
少々熱くなりましたが、ひとまずここまでに。
今回のマスコットキャラにはザンダクロス(ジュド)のコンピューターが選ばれているようですが、あれ、旧作では最高に口と性格が悪いって知っててやってのかな・・・?