とべない天使

子供の頃はもっと年末とか年始とか、すごくそれらしい空気があったのですが、ますます季節感が失われていく気がするとともに、行事の形骸化と経済化が進んでいるようにも思います。

さて、いつもと違う初詣がしたい人は芸能関係の神社へどーぞ(過去日記参照)。

初詣の混雑のすごさを考えると参拝作法も何もあったもんじゃないと思います。なので、今更あーだこーだ書かないですが、鳥居をくぐる時の一礼や脱帽くらいはしておくのが吉かと。
もっとも、今の初詣自体はクリスマス等と似たような経済イベントが発祥らしいですけどねぇ・・・。

  

  

 

「天使は空を飛べない」英国の生物学者の発表に批判的な意見が続々と
 http://www.narinari.com/Nd/20091212829.html

ユダヤ教やキリスト教、イスラム教で“神の使い”とされる天使。そのイメージを問われれば、宗教画やさまざまな創作物の印象から、翼を持つ姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。“神の使い”として地上に舞い降り、また神のもとへと帰るためにも、翼は必要不可欠なモノとして描かれているが、英国の生物学者の研究によると実はこの翼、空を飛ぶには全く役に立たないのだという。

英紙デイリー・テレグラフによると、この研究者はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジで生物学を教えているロジャー・ウォットン教授。ウォットン教授は先日、学内誌「Opticon magazine」でこの持論を展開し、これまでに描かれた天使を客観的に分析した結果、「空を飛ぶことはできない」と結論付けた。その中で、「代表的な芸術作品を軽く調べただけでも、飛び立つことはおろか、力を使っても飛べないことを示している」とバッサリと切り捨てている。

また、天使が空を飛ぶためには「翼が必要ないほどの激しい風」が必要で、それがなければ浮かぶことすらできないという。人間と同サイズの身体を持った天使では、背中についた翼の大きさ程度では身体を浮かせるには至らず、例え子どもの天使でも「翼を羽ばたかせるための筋肉が足りない」としている。

(´;ω;`)ブワッ

 

 

 

翼なんて飾りです。えらい人にはそれが分からんのです。

  

 

 

レッド○ル飲んで飛んでるんですかねぇ?(笑)   

巻尺達人

好きですワ~、このノリ。
  
  

  
  
早速真似してみたくなります(笑)

BLACK X’mas Ⅱ

ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。神は、いかなる患難の中にいる時でも、わたしたちを慰めてくださり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。
(コリント人への第二の手紙 第一章3-4節)

愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。
(コリント人への第一の手紙 第13章4-8)

聖句の「詠唱」・・・・・・・・そもそも真言、祝詞、聖句、西洋魔術等などの詠唱というものは神霊などの高次元の存在や自分の魂の奥底(識域下の精神海溝)に呼びかけるものでもあるとともに、「知識と情報をプールしておく媒体」かつ「理想の再確認作業(意念の高密度的集中)」でもある。また、言霊信仰は逆転して「口に出した事が事実になる」という概念。(各関連サイト参照による簡潔なまとめ。間違いがあればすみません。)
  

 

この聖夜、ひそやかに口ずさんでみてはいかがでしょうか?

  

さて、SWEET BITTERなクリスマス第二弾です。
今より10年前に放映され(原作はさらに遡って20年以上前)、今でも色褪せない独特なブラックユーモアに満ちている作品です。政治や経済、世の中はめまぐるしく変わっても、人というものはあまり変わっていないのかもしれませんね。

「DOLL」 1/2

  

「DOLL」 2/2

「欲張って、人間と人形を両天秤にかけなければよかったのに・・・。
 人形にも心があるということに気がつかなかったのでしょうか?」  

  

 

今宵、すべての人々のココロの隙間が埋まりますように。  

 

 

すべて肉なるものは草に等しく、
人の世の栄光は草の花のごとし。
何となれば、草は枯れ、花は散るものなれば

(ペテロの第一の手紙、1章24節)

BLACK X’masⅠ

さーて、クリスマス商戦も熱気が高まってまいりました(笑)
商業主義、経済イベント、価値観操作etc・・・まぁ、いろいろありますが、物欲欠乏と恋愛という市場経済の原動力を「象徴するイベントでございますな。
http://www.financial-j.net/blog/2006/12/000085.html

↑参考サイト

さて、経済ばかりの話になっても面白みがありませんので、ここでひとつ、少し怖くてSWEET BITTERなクリスマスをひとつどうぞ。なつかしのアレです。
心のスキマ、お埋めします・・・・・・。  
  
「MIRROR」 1/2 

  

   

「MILLOR」 2/2 

  

  

「鏡は決して真実を映しません。何故なら人は、自分の好きな角度でしか見ようとしないからです・・・。」 

To be continue・・・.

人の腕の重さを

力を筋肉に込めていなければ体は動かぬ。
だが、力を込めたまま・・・反射神経と筋肉でフリに追いすがる。
そして、力まないで!と先生が注意をするまで気がつかねぇんだ!
    
   
   
  

えー・・・いきなりワケわかんなくてすみません。
先の日記をパロってみました。
  

さて、本題ですが、人間の腕はだいたい成人男性で3~5㎏。肩甲骨あたりまで含めると7kgを超えることもあるそう。金属バットより重いですね。脱力して叩くと威力が大きいと言われる由縁です。
  
ダンスでも先生に耳にタコができるくらい言われるのが脱力。力を抜くこと。「口でいうほど簡単ではないよ(涙)」と心の中で叫びながらレッスンを受けることも珍しくなく(笑)。

 
  

脱力に関して良い情報がないか探していたら、意外にも多いのが楽器を弾く時に関する事。ピアノでもバイオリンでも指揮でも、1にも2にも脱力脱力。フルートでさえ、呼吸器系筋肉の脱力(笑)。というか、日常生活ですら脱力が必要みたいですね。
  
実際、何をするにしても(筋肉に)力を込めてやった方が実感・体感としては大きいでしょう。その結果はともかく、達成感だけは確実に得られるので、意識的な要因も大事かと思いますね。
結果という目的意識よりも行為そのものに対する主体性の重視とでもいうのでしょうか?
 

  
とりあえずストイックさが必要かもしれませんね。

舞踊的鸚鵡

このノリはすばらしい・・・!  


  
拍手にも答えています(笑)  
  
ついでに鳥害的不眠猫。

夢の罪の重さを

「夢を胸に秘めていなければ人は死ぬ。
 だが、夢を秘めたまま・・・行動を起こさねばそれは腐りゆく。
 そして夢を見た罪は実行する事でしか贖えねえんだ!」
                                 某所より抜粋。

↑ここまで大上段に構えた台詞もアレですが、なんだか雰囲気がすごくカッコよかったんで(笑)

  

 

 

  

さて、火曜は久々にスタジオに行き、久々にToshimi先生にもお会いでき、JAZZ-02のレッスンを受講。
すっかり鈍った心と体身のサビ落としになりました。片山さんにもお言葉を頂戴し、とても元気になりました。
スタジオの空気無しではもうダメな体に(笑)

ここ2,3ヶ月ばかりは、大なり小なり不安や迷い、葛藤などは当然のこと、不満もあれば傲慢もあり、
「上手くいかない」というのが半ば口癖のようになっていました。

「継続は力なり」「一意専心」で新年を迎えたいと思います。

ダンスも早く再開します。

ぁふラック 

ずんちゃ♪ずんちゃ♪ずんちゃ♪………